まにまに音楽生活

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消えた方のエモについて

いま、エモといって連想されるのは、ゼロ年代後半に流行したFall Out Boy やPanic At The Discoなどの一連のバンドによる、いささか大ぶりなアメリカン・ロックのことでしょうか。

 

「エモ」のオリジンは80年代のハードコアにさかのぼるようですが、自分にとってエモ(コア)といったときなじみがいいのは、まずは、90年代後半~ゼロ年代前半にかけて活躍したGet Up Kids、Jimmy Eat World、Promise Ringなど、メロコアとの比較/分派で考えることのできそうな一連のバンド群の音楽です(日本のイースタン・ユースハスキング・ビーなんかもこの流れに入るかと思います)。

 

この後者の(第一次のと言っていいかもしれません)エモブームが広がる際に、やはりエモと呼ばれていた別種の音楽があったはずなのです。

 

消えた方のエモ?

 

僕の言うその音楽の特徴を上げるならば、こんな感じでしょうか。

 

・グッドメロディ 

・抒情的ではあるけれど抑制の聴いた歌

・ミニマルなフレーズ/プロダクション

・無駄にディストーションは使わない(しかしアコースティックではない)

 

こういった音楽性をもつバンドは、2000年頃からゼロ年代半ばごろまでにいくつも傑作を生んでいます。たとえば、

 

Last Days Of April『If You Lose It』(2003)。

 

American Analog Set『Know By Heart』(2001)。

 

Pinback『Blue Screen Life』(2001)。

 

Death Cab For Cutie『Photo Album』(2001)。

 

しかしながら、こうしたバンドを「エモ」という風潮は2005年頃をもって消えていったように思います。なんででしょう。

 

(デスキャブの全米的なブレイクによって?)普通のUSインディロックとして定着した。

こういった指向を持つバンドはむしろエレクトロニカ的なものと共振しそして溶け込んだ。

アニマルコレクティヴらの連れてきたサイケデリックの波に押し流されうやむやになった。

前述の全く別種の「エモ」にとって代わられた。

ポスト・ロック」と同じで、「エモ」という言葉でこのような音楽を語ることにそもそもガタが来た(あるいは最初から無理があった)。

 

どれもありそうですね。多分ほかにもいろいろな理由があるでしょう。

 

かき消されたようにみえる小さなエモーションは、しかし、意外と錆びれてなく、いまだに有効な手法であるように個人的には思えるのですがどうでしょうか。