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まにまに音楽生活

よくある音楽、本、生活などについてのブログです。

戸川純は関係ない

のいづんずり、ノイズとせんずり、のいづんずり(字余り)。

というわけで、80sのそう長くはない期間活動した京都のアングラNEW(NO)WAVEバンド「のいづんずり」について。

リーダーである福田研(ex.アマリリス)を中心に京都で結成。日本の祭り囃子や民謡を独自の奇妙なファンク・サウンドに乗せたそのサウンドは、ファンクといっても黒さからは離れていており、コールド・ファンクというか、ジェームズ・チャンス辺りがちらつきます。また、”のいづ”というものの、ジャンルとしてのノイズはむしろ殆ど聴かれず、音数の決して多くないストイックである種ミニマルな音となっております。ただし、上に乗っているものはまぎれもなく変態、という具合です。

 

1985年発表のファースト・アルバム『抱擁』にはなんとあの戸川純が参加しており、それはしかも、彼女の全盛期と思われる時期に重なります。

抱擁

抱擁

 

 無理やり今で言うならば、neco眠る大森靖子が参加、という具合でしょうか。弱いかな?今のバンドに希薄なもので、当時のアンダーグラウンドのバンドが共通してもっていたのは、「暴力の気配」のようなものかと思いますので、そういう意味では、Nature Danger Gangに大森靖子参加、の方がしっくりくるかもしれないですね。

 

脱線しました。

 

重要なのは戸川純がこの作品に魔法を与えているか、ということですが、個人的にはまあいてもいなくてもいいかな、というのが正直な感想です。

 

というのも、のいづんずりの場合、元が強烈なので、戸川がエキセントリックな歌声を聴かせたところでそれほど強烈な存在感を示せてるわけではないからです(参加曲が多くないというのもありますが)。

 

さらに、のいづんずりの傑作はむしろセカンドアルバムである『人間は金のために死ねるか』。ファーストよりも言葉もサウンドも明らかにキレッキレの名盤と言えます(だからこそ逆に、ここに戸川がいたならばまた歴史は違っていたかもしれませんね)。 

人間は金の為に死ねるか

人間は金の為に死ねるか

 

その後、VOインドリ・イガミの脱退(というかクビ)によってあっけなくバンドは瓦解。その後、ギター担当のタバタミツル(当時の写真若い!)は、かのボアダムスに参加するなど、現在に至るまで精力的に活動を続けています。

 

もう一回言っときましょうか。

戸川純は関係ない。

だって、のいづんずりの方がヤバいから。